国宝スケッチ・富山県高岡市・瑞龍寺・仏殿と法堂

国宝スケッチ・富山県高岡市・瑞龍寺・仏殿と法堂(はっとう)

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     仏殿(手前)と法堂(向こう側)

瑞龍寺は、加賀二代藩主前田利長の菩提寺として建立された、曹洞宗の寺院。 
仏殿、法堂が重要文化財に指定されている。

仏殿 国宝 江戸前期 1659
東向きに建つ
屋根は鉛板葺き、全国的に見ても金沢城の石川門と瑞龍寺の仏殿だけという。(創建当時は柿葺きだったらしい)
本尊釈迦如来・脇侍文殊・普賢菩薩の三尊を安置。

法堂 国宝 江戸前期 1655
正面は東向き
桁行十一間、梁間九間、一重、入母屋造、銅板葺、
向拝は桁行二間、梁間一間、一重、向唐破風造、銅板葺






posted by アーイジジ at 09:33Comment(0)建造物

国宝スケッチ・長崎大浦天主堂・世界文化遺産に登録

国宝スケッチ・長崎大浦天主堂・世界文化遺産に登録

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日本にキリスト教の信仰が許されていなかった大浦天主堂の完成時の1865年に、浦上の潜伏キリシタンがフランス人神父に信仰の告白をしたという「信徒発見」の舞台でもある。
1933年に国宝に指定され、2018年に潜伏キリシタンの関連遺産の一つとして世界遺産にも登録された。


posted by アーイジジ at 09:21Comment(0)建造物

国宝神社スケッチ・十日えびす・福男選びの西宮神社・本殿

国宝神社スケッチ・十日えびす・福男選びの西宮神社・本殿

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西宮神社は、福の神として、えびす様をお祀りする神社の総本社。
これは、三連春日造(さんれんかすがづくり)という珍しい構造の本殿。
江戸時代に4代将軍家綱の寄進になる国宝の本殿は、昭和20年の空襲で破損、昭和36年に檜皮葺から銅板葺に変わった他は、ほぼ元通りに復興し、今や銅屋根も古色を帯び、えびすの杜を背景に佇んでいる。

商売繁盛の神様「えべっさん」、コロナで2年連続して中止となった。

毎年1月9日から11日は十日えびすの祭礼が行われ、10日早朝の「開門神事福男選び」がテレビ中継されている。

世界遺産建築物スケッチ・京都西芳寺(苔寺)

世界遺産建築物スケッチ・京都西芳寺(さいほうじ)(苔寺)

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京都市西部にあり、臨済宗寺院。
境内を120種以上の苔が覆っていることから「苔寺」とも呼ばれる。
35,000㎡(3.5ha)もの庭園は、国の特別名勝及び史跡に指定されていて、1994年にはユネスコの世界遺産「古都京都の文化財」の一つにも登録された。
境内一面を覆う苔の美しさから、通称「苔寺」として有名。


国宝スケッチ・富山県高岡市・瑞龍寺・山門

国宝スケッチ・富山県高岡市・瑞龍寺・山門

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国宝 1997年指定 (山門、仏殿、法堂)

加賀藩二代藩主の前田利長が隠居所として高岡城を築き、城下町を開いたことに始まる高岡市。そこに鎮座する瑞龍寺は利長が死去後三代藩主の前田利常が、利長の菩提寺として創建した曹洞宗の仏教寺院。
境内には、山門、仏殿、法堂の三棟が国宝で、一直線上に立ち並ぶ。
他に、総門、禅堂、大茶堂、高廊下、回廊が重要文化財に指定されている。


posted by アーイジジ at 09:29Comment(0)建造物

建造物スケッチ・名古屋城・本丸御殿

建造物スケッチ・名古屋城・本丸御殿

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復元された本丸御殿

徳川家康が建てた、尾張徳川家の名古屋城、その一角にある本丸御殿は、藩主の住居で藩の政庁として1615年に完成。
内部には障壁画や飾金具など絢爛豪華に飾られている。
昭和5年、天守閣とともに国宝第一号に指定。しかし空襲で焼失、復元が待ち望まれていた。
平成21年から復元工事を開始、平成30年格式の高い「上洛殿」や「湯殿書院」が完成した。

posted by アーイジジ at 08:45Comment(0)城巡り

戦国時代の城スケッチ・鳥羽伏見の戦い・豊臣秀吉の伏見城

戦国時代の城スケッチ・鳥羽伏見の戦い・豊臣秀吉の伏見城

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さて今日は、2022/2/22です。

伏見城と伏見桃山城の違い

歴史上の城が伏見城で、昭和39年に模造されたのが伏見桃山城と称している。

伏見城(木幡山伏見城)は、現在の京都市伏見区桃山町にあった城。豊臣秀吉によって築かれた。1596年にあった大地震「慶長伏見地震」で刺月伏見城が倒壊したため、近くの木幡山に再築された城で、わずか3か月で完成した。

豊臣秀吉・徳川家康が築城した「伏見城」とは全く別のもの。
伏見桃山城の所在地 京都市伏見区桃山町
posted by アーイジジ at 10:54Comment(0)城巡り

神社スケッチ・国の重要文化財・福岡県太宰府天満宮・本殿

神社スケッチ・国の重要文化財・福岡県太宰府天満宮・本殿

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太宰府天満宮・本殿の建築様式というと、

・五間社流造り・檜皮葺(ひわだぶき)・唐破風の向拝・桃山時代の豪壮華麗な様式

太宰府天満宮とは

菅原道真公の墓所の上に社殿を造営し、その神霊を永久に祀る神社で、年間に1000万人の参拝がある。

天神さま(菅原道真公)をお祀りする全国約12,000社の総本宮で、学問・至誠・厄除けと合格祈願の神様として崇敬を集める。

901年、時の左大臣・藤原時平に、天皇の交替を目論んだとして罪をかけられ、道真公は太宰府へ左遷させられる。

そして、都を旅立つ前、「東風吹かば匂い起こせよ梅の花、主なしとて春な忘れそ」と、屋敷の梅に語りかけるように、別れを惜しんだ。



神社スケッチ・天智天皇を祀った・近江神宮

神社スケッチ・天智天皇を祀った・近江神宮
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(右下に漏刻・水時計が)

近江神宮は、天智天皇の古都・近江大津宮の跡地に創立された神社。
百人一首かるたの祖といわれる天智天皇を祀っていることから、「かるたの殿堂」と呼ばれることも。
天智天皇は、「大化の改新」で有名で、日本国憲法の源「近江令」を制定したり、学校制度を創始。

見どころは、鮮やかな朱色の楼門と日本初の漏刻(水時計)
日本の時刻制度は、1350年前の天智天皇の代に、大津に漏刻(水時計)が設置されたことにはじまる。

見どころ2は、百人一首かるたの聖地
天智天皇が詠んだ「秋の田のかりほの庵の苫をあらみ、わが衣手は露にぬれつつ」が百人一首の第一番で、その縁で「かるたの殿堂」といわれ、毎年1月に「名人位・クイーン位決定戦」が行われる。

ちはやふるの舞台
映画「ちはやふる」の舞台の近江神宮で、多くの聖地巡礼参拝者が訪れる。


神社スケッチ・京都のパワースポット・車折神社(芸能神社)

神社スケッチ・京都のパワースポット・車折神社(くるまざきじんじゃ)(芸能神社)
著名人も訪れる、京都随一のパワースポットで運気UP

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場所、京都市右京区嵯峨天龍寺(京福電鉄、車折神社駅下車、2分)

嵐山にあって、芸能人がよく訪れる神社、学業・金運・良縁などにご利益。

願い事を叶える石「祈念神石(きねんしんせき)」
神社の本殿に、石がたくさん奉納されていて、お礼の言葉が刻まれている。これが祈念神石と呼ばれる石で、願い事のある人は社務所で祈念神石を授かり本殿で願い事を念じ、その石を持ち帰る。願い事が叶えば家の近くの海や川で新しい石を拾い、祈念の内容を刻み、授かった祈念神石ととともに神社に返納する習わし。たくさんの石があり、多くの人々が参拝に訪れている。願いが叶った証拠。

京都に行った時は、必ず参拝しましょう。